好きな未来に進んでもいい

らいおんさんです、

今回の講義タイトルを、
「好きな未来に進んで「も」いい」
と表現したのは、

「好きな未来に進まなくてもいい」
という意味でもあるからです。

 

結局、その人がどう生きるかは、
最後は、その人しか決められません。

貧乏な生き方をして、モテないまま、
うじうじ言っていてもいいですし、

「もうこんな人生は嫌だ」と、
お金をさらに稼ぎ、モテて、
楽しい思い出を増やしていっても
良いわけです。

 

最後は本人の自由で、
「好きにすればいい」
が答えだったりします。

 

うじうじタイプの人としては、
うじうじすることで、
周りが気を遣って同情してくれて、

いつまでも言い訳をして、
挑戦せずに、逃げていられるのは、
それはそれで楽なのかもですが、

正直、ある程度の大人の世界では、
そういう人はシカトされていきます。

 

これが現実ですので、
まあそういうウジウジタイプは、
私もどうでも良かったりします。

「自分の好きに生きたらいいやん。
自分で選んだ道なのだから、
言い訳せずに過ごしたらいいやん。」
と、私も思ったりするものです。

 

さて、これが辛口かどうかは、
よく分からない部分ですが、

ただ、ある程度の人生経験を
過ごしてきた大人たちの世界では、

普通にそのように対応されて、
言い訳ばかりの人は除外
されていきますね。

 

何か助言を求められて、
そこに対して助言をしたとして、
それで「でもだって、あーだこーだ」と、
もしも言われたとしたら「うざい」です。

私は言われたことはないですが、
想像するだけで「単純にうざい」
と思ってしまいますので、
まあ実際体験したら、うざいのでしょう。

 

「好きにしたらいいやん、
自分の人生なんだし。」

というアッサリした感想で、
終わりそうな気がします。

(実際、大人の世界では、
そのような子供みたいな人は、
相手にされなくなってきます。

子供がそれで許されるのは、
「まだ世を知らない子供だから」であり、
30代40代の大人が言っていたら、
「もう大人になりなさい」と思われます)

 

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結局、自分以外は、
自分の人生を生きられない。
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結局、最後はこれでしかなく、
自分の人生を生きていけるのは、
自分でしか無かったりします。

どんな場所に住むか、
どんな仕事をこなすか。
誰と話すか、何を食べるか。
どんな服を着て、どう時間を過ごすか。

これらを最後に決めるのは、
自分でしかありません。

 

誰かの助言はあったとしても、
最後に選ぶのは自分です。

そして、誰かの助言をもらい、
その行動を実行したとしても、

「その行動を実行する選択をした」のは、
やはり自分でしか無かったりします。

 

こういった現実を受け入れて、
自分の意思で、自分の好きなように
生きていくのが「自己責任の人生」
だったりします。

まあ、自己責任を手放したとしても、
その「手放す選択」をしたのも、
結局は自分ですので、

どんな人生を生きたとしても、
「最終的には自己責任の人生」
になっていったりします。

 

なので、人生で苦労したくない人。
お金に悩んだり、仕事で苦労したり。
恋愛でモテなかったり。

不自由な生き方をしたくない人は、
「自分の人生は、自己責任である」
というマインドセットを最初に持ち、

「不幸を感じる現実を避けて、
楽しい毎日を自分の意思で作っていく」
という方向に切り替えていくことが、
とても大切だったりします。

 

そのように自己責任思考で動かないと、
あとで後悔する人生になりやすく、

「あの時に戻りたい」と思っても、
戻れない苦痛を感じることに
なってしまったりします。

時間は戻せませんので、
あとで後悔をしないためにも、
自分の人生に真剣に向き合って
過ごすことが大切だったりします。

 

どれだけ「自分の人生を、
自分で生きたくない」と思っても、

自分で生きないといけないのが、
人生だったりしますので、

もうそういう「変えられない部分」は、
早めに受け入れてしまって、

あとは「いかに自由に過ごすか。
いかに楽しく生きて行くか?」に
焦点を当てていくのが良いでしょう。

 

高級車に乗りたいと思ったら、
乗れるぐらいのお金を稼ぎ。

お金の稼ぎ方が分からなかったら、
教材やセミナーで勉強をして。

可愛い女の子と、
気持ちいい体験をしたいと思ったら、
モテ方を学び、服を買い、自分磨きして、
可愛い子にアプローチしていく。

とてもシンプルな行動たちですが、
それらを実践して行くことによって、
実際に現実は変わっていったりします。

 

意外と作業ゲーみたいな部分があり、
やるべきことをこなしていけば、
意外と良い結果は順調に出てきますね。

ただ「悪い結果につながる行動」を、
「これが自分らしい生き方だから」で、
続けて負けている人もいますね。

そういう変なこだわりがあると、
人生では不自由しがちですので、
小さいこだわりは手放して、
成功する方法を実行するのが良いでしょう。

 

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最低限のTPOを守ったら、
人生、あとは個人の自由。
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地球上には国があり、
その国々でルールがあります。

日本にいる人は、
日本の最低限のルールを守り、
他の人たちと公共の場所を共有し、
過ごせばいいだけだったりします。

最低限のTPOさえ守れば、
あとは「どんな生き方をするか?」は
個人の自由だったりします。

 

別にジーンズでもいいですし、
チノパンでもいいですし、
金髪でもいいですし、
スキンヘッドでもいいわけです。

まあレストランなどに行く時は、
その空間のTPOがありますが、
普通の街中であれば、
別に問題はなかったりします。

 

そのような最低限のTPOを
守って過ごしている時に、

「その生き方はあーだこーだ」
と言ってくる人は、

単純に「自分の小さい世界観、
価値観でしか判断できない人」
というだけだったりします。

 

最低限のTPOを守り、
その国々の文化や、
見えない宗教観を尊重して、
ルールも守っていけば、

あとは性格に少し個性があっても、
時間の使い方が周りと違くても、
別になーにも問題ありません。

そこにうだうだ言ってくる人は、
「それを個人的に許せないだけ」で、
「その価値観が正しいかのように、
洗脳されてしまった人」だったりします。

 

おそらく、そういうタイプは、
親などに何かの価値観を刷り込まれ、

そして、その価値観を優先して、
自分のやりたいことを我慢して
生きてきたタイプなのでしょう。

だからこそ「自分は我慢したのに」と、
自分が我慢してきた生き方を、
自由に表現している人を見ると、
悔しい気持ちになったりするわけです。

「自分も我慢したのだから、
お前も我慢するべきだ」
という感じですね。

 

ただ、そんなルールは日本にはなく、
日本の最低限のルールを守ったら、
あとは個人の自由です。

その個人の自由を、
他人が制限しようとするなんて、
アホでしかありません。

どれだけ自分の価値観や、
倫理観とズレたものがあっても、
それが国家的に許されているなら、
それは許されたものなのです。

そして、それを変えたいと思ったら、
大勢の共感を得て、正式な方法で
変える必要があったりします。

 

まあ、そんな規模の大きな話を、
今回はする気はないですが、

簡単にまとめていくと、
「人生は、最低限のTPOルールを
守ったら、あとは個人の自由」
という感じです。

そういうゲームらしいので、
そのゲームのルールを理解して、
上手に動いていくのが
良いのでしょう。

 

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どういう人生をデザインするか。
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結局、最後は死にますので、
「どういう人生を過ごしたいか」
「どんな人生を生きたいか」
を考えることは大切です。

「死にたくない」と思っても、
今の所、人体の寿命には、
約120年ほどの限界があります。
(人によっては、もっと生きます)

ただ200歳を生きるとか、
300歳を生きるとかは、
今の肉体では難しいですね。

 

ここから人間の肉体を離れて、
意識だけをプログラムで再現し、
ロボット肉体で第二の人生を
再現できるようになるかもですが、

ただ今のところは、
人間の寿命に限りがある。
と思っておくのが良いでしょう。

これはどれだけ避けたくても、
どうしても避けられないものなので、
受け入れておくのが良いでしょう。

 

その限られた寿命の時間、
残りの人生の時間を
どう過ごしていくか。

これを改めて考えることが、
より良い人生を過ごすために、
とても大切になってきます。

 

もちろん、どんな時間を過ごしても、
それは個人の自由ですから、
(今の世界の価値観では。
戦争が始まれば、話は別ですね)

別に何もしなくても
ダラダラ過ごして生きていく。
というのも全然アリです。

命は自分のものですから、
その命の時間をどう使うかは、
他人が決めることじゃありません。

自分が満足のいく命の使い方、
時間の使い方を考えて、
その時間を過ごすのが良いでしょう。

 

少し規模の大きな、
抽象的な話になりますが。

もしも今後、
社会的な巨大な洗脳が仕掛けられ、
個人の命が国家の所有物と言われ、

その世界観に洗脳された人が増えれば、
この「自分の命は自分のもの」
という世界観も崩れるでしょう。

そうならないためにも、
1人でも多くの方々が、
このような価値観を持つことが、
大切だったりします。

 

まあ、子供などは、
自分で自分の人生を選ぶ能力が、
大人よりも低かったりするので、

まだ脳が発達してない子供たちは、
ある程度、大人が導いてあげることが
大切だったりします。

大人になるまでの時間の中で、
最低限の能力と思考力を与えて、
あとは自分の自由に生きなさい。
という感じですかね。

 

(まあ子供達も、
生まれたくて生まれているわけでは
無かったりするので、

子供が大人になったとしても、
その親が子供たちのことを
大切にしたほうがいいと思いますが。)

 

今の学校教育などでは、
人生を自由に生きるノウハウなどは
教えてもらえなかったりするので、

それらについて知りたい人は、
自分でお金を支払って勉強することに
なっていくと思います。

現状で、成功している人たち、
人生を上手に生きている人たちは、
そうやって自己投資して勉強して、
頑張っている傾向があります。

そこで勉強して自由になるか。
それとも勉強せずに苦労するか。
それもまた自由だったりします。

 

「なんで学校で全てのことを
教えないんだ!」

と思う人もいるかもですが、
学校教育は労働者を作る場所
みたいな感じだったりするので、

「学校は良い場所」みたいな前提は、
手放しておいたほうが良いかも
しれません。

自由に生きていきたい大人は、
もうそういう社会として割り切って、
自由になるための知識や情報を
買っていくのが良いのでしょう。

 

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最後に
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少し冷めたような話でしたが、
本当の自由な人生を生きるには、

このような考え方を持って、
「個人の人生を生きる覚悟」が
とても大切だったりします。

実際、自由に生きている大人たちは、
このような現実を受け入れて、
生きていたりします。

 

ただ、ずっと1人で生きるのは、
それはとても寂しいことなので、

友人や家族と協力して、
助け合って、お互いの利益を
伸ばし合うのが良いでしょう。

それもまた「生存戦略」なので、
世の中を上手に動きたい人は、
そこを団結させるのが良いでしょう。

(悪影響がある人間関係には
注意が必要です。)

 

どんな人間関係を持つか。
誰と話すか。誰から学ぶか。

その全ても、個人の自由で、
大人が自分で選ぶことなので、

良いメンターや先輩を持ち、
そこから勉強させてもらうのが
良かったりします。

 

何でも自分1人でやろうとすると、
時間もお金も無駄にしがちなので、
損したくない人は、メンターや先輩から、
助言をもらうのが良いですね。

私も人生の先輩や、
メンターからは助言をもらって、
動くようにしています。

お金を支払って勉強して、
役立つ視点を教えてもらって、
それで有利に動けるように
していますね。

 

らいおんさん

 

追伸

人生は、学ぶのも自由。
学ばないのも自由。

好きなように生きるのも自由。
我慢を続けるのも自由みたいです。

最後は「自分がどう生きたいか」。
そのために動き出すかどうか。

自由に生きていきたい人は学び、
我慢だらけの人生でもいい人は、
学ばず無知なまま、40代50代で
酷く苦労する人生に進んでいく。

そんな感じだったりします。

 

最後は自分の選択。

私たちは、自分が選択した生き方、
それを受け取るみたいです。

あとで苦労したくない人は、
ちゃんと学び続けて、自分を磨き、
好きな人生を作っていくのが
良さそうです。

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